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ライカに始まりライカに終わる · 連載コラム(市川泰憲)

第六回「ヘクトール・ズマロン・ズミクロン 3本のライカ28mmレンズ」

コーナー名
ライカに始まりライカに終わる
著者
市川泰憲(写真技術研究家、日本カメラ博物館)
対象機材・テーマ
ヘクトール・ズマロン・ズミクロン 3本のライカ28mmレンズ
概要・導入
ここに3本のライカ28mmレンズがある。スクリューマウントの「HEKTOR 2.8cmF6.3」、「SUMMARON 2.8cmF5.6」、そしてMバヨネットマウントの「SUMMICRON-M 28mmF2 ASPH.」だ。ヘクトール28mmF6.3の発売は1935年、ズマロン28mmF5.6は1955年、ズミクロンM28mmF2ASPH.の発売が2000年だ。もちろんライカの28mmレンズには、このほかにも1965年に発売され何世代か改良を加えられた「エルマリート28mmF2.8」、2006年にライカM8と同時期に発売された「エルマリートM28mmF2.8ASPH.」もあるが、とりあえず手元…

1. 歴史・機構・蘊蓄(エッセイ・解説)

【レンズ外観写真】<br> <3本の28mmライカレンズ>ズミクロンM 28mmF2 ASPH.、ヘクトール28mmF6.3、ズマロン28mmF5.6<br> [画像をクリックすると大きくして見られます]

ここに3本のライカ28mmレンズがある。スクリューマウントの「HEKTOR 2.8cmF6.3」、「SUMMARON 2.8cmF5.6」、そしてMバヨネットマウントの「SUMMICRON-M 28mmF2 ASPH.」だ。ヘクトール28mmF6.3の発売は1935年、ズマロン28mmF5.6は1955年、ズミクロンM28mmF2ASPH.の発売が2000年だ。もちろんライカの28mmレンズには、このほかにも1965年に発売され何世代か改良を加えられた「エルマリート28mmF2.8」、2006年にライカM8と同時期に発売された「エルマリートM28mmF2.8ASPH.」もあるが、とりあえず手元にあるライカ用28mmレンズということで、この3本をフルサイズボディの「ライカM9」との相性を探ってみることにした。
ヘクトールは最初のライカ用28mmレンズで、最新のズミクロン28mmとの間には65年もの歳月が経っている(光学性能という意味であり、実際はここにあるズミクロン28mmはM8が発売された以降の6bitコード付きであるので、70年以上の開きがある)。この間にレンズタイプとしてどのような発展を遂げたのであろうか。それぞれのレンズタイプを構成図から見てみよう。

●レンズ構成のタイプを見る

まず「ヘクトール」の3群5枚構成は、前後貼り合わせ凸を対称形に配し、その間に凹レンズを配置しており、レンズタイプとしてはフォクトレンダーのヘリアタイプと近似している。これに対し「ズマロン」は4群6枚構成に変更されている。レンズタイプとしては、いわゆるガウス対称型である。どちらも薄型レンズであり、同じ広角の対称型スーパーアンギュロン21mmなどが後部に極端に出っ張っているのに対し、ヘクトールとズマロンは口径の小さいこともあり薄型・小型に仕上がっている。ズマロンは、ヘクトールのF6.3に対してF5.6と半段明るくなっているが、大口径化に加え、周辺光量の増加を狙っての改良であったと考えられている。ところでヘクトールの絞り表示は大陸式でF6.3-9-12.5-18-25となっているが、後期型にはF6.3-8-11-16-22と国際式絞り表示になっているのもあるようだ。
そしてズミクロンM28mmF2ASPH.は、レトロフォーカスタイプが採用されている。ご存知のようにバックフォーカスを稼げるレトロフォーカスタイプを採用すれば周辺光量の落ち込みはかなり低減される。昨今のライカ用の広角レンズはすべてレトロフォーカスタイプである。レトロフォーカスタイプであれば、バックフォーカスがあることによりデジタルへの適応はかなりいい。ライカのレンズは、レトロフォーカスタイプへの移行は、いつ頃からだったのだろうか。
調べてみると、ガウス対称型であったのは1965年に発売されたエルマリート28mmF2.8の第1世代までであって、1972年に登場したエルマリート28mmF2.8の第2世代ではレトロフォーカスタイプへと変更されている。まさかその時代にデジタルの登場を見越してということではなく、1971年に登場したライカM5や1973年のライカCLに用いられたフィルム面直前にCdS受光素子がアーム状に出入りする独特な測光方式への物理的な対応からレトロフォーカスタイプになっていた。
結果として手元にあるライカ用28mmレンズは、「ヘリアタイプ→ダブルガウスタイプ→レトロフォーカスタイプ」へとレンズタイプとしては極めて教科書的に正しく進化してきている。これは同じ条件で写して比較してみるに値する進化だ。

【レンズ構成図】<br> <3本の28mmライカレンズの構成図>左から、ヘクトール28mmF6.3(3群5枚構成、ノンコート)、ズマロン28mmF5.6(4群6枚構成、単層膜コート)、ズミクロンM 28mmF2 ASPH.(6群9枚構成、多層膜コート)

2. 操作方法・メンテナンス・修理のポイント

●写してみたら

ということで、ライカM9で写してみた結果を紹介しよう。撮影は、日常私が標準被写体として使っているシーンで、我が家の庭から隣の家の庭を狙っての撮影で、写真的にはおもしろくないが、天候、光線状態、季節に関係なくレンズ性能を見れるので重宝して使っている場面だ。今回は28mmという焦点距離なので、遠景にヘリコイドを機械的に付き当てた位置で無限遠を狙ってみた。
結果は、ご覧のとおりである。拡大率にもよるが、少なくともM9ボディ背面の液晶ディスプレーで全画面を見る限りは、周辺光量の低下すなわちビグネッティングの違いしかないように思える。単純にヘクトールが一番顕著で、ズマロンがそれに続き、ズミクロンではほとんど気にならない。ヘクトールとズマロン登場の時代は黒白全盛の時代であったから覆い焼きである程度カバーできたであろうし、引伸ばし時にはある程度周辺部がカットされるから問題なかったであろうが、デジタルでは、1画素たりともトリミングされないでプリントできるわけだし、何でもありのデジタル時代にあっても、フルサイズでの作品づくりとなるとヘクトールとズマロンではかなり辛いものがある。安全を見込んでヘクトールとズマロンを使いたいなら、M8ボディでということになるだろう。もちろん、周辺減光が好みの方はヘクトールやズマロンを選べばいい。いずれにしても表現の問題だ。
それぞれの撮影データ、さらには描写特性を細かく見てみよう。

【作例写真】<br> <ヘクトール28mmF6.3> 絞りF9・AE(1/353.6秒)、ISO AUTO(ISO160)、AWB。<br> [画像をクリックすると大きくして見られます]

<ヘクトール28mmF6.3>絞りF9・AE(1/353.6秒)、ISO AUTO(ISO160)、AWB。[描写特性]コントラストは最も高いが、全体に青味がかった発色をしている。周辺部の減光部分は赤味を帯びた発色を示し、画素等倍近くに拡大して見ると画像そのものが崩れて結像していないのがわかる。画面中央部の解像度は、ズミクロンより高く、ズマロンより低い。画面中央部のTVアンテナに色収差の発生が認められる。画面左右の樹木を画素等倍まで拡大して見ると倍率の色収差が発生していることがわかる。

【作例写真】<br> <ズマロン28mmF5.6><br> 絞りF8・AE(1/500秒)、ISO AUTO(ISO160)、AWB。<br> [画像をクリックすると大きくして見られます]

<ズマロン28mmF5.6>絞りF8・AE(1/500秒)、ISO AUTO(ISO160)、AWB。[描写特性]全体に色かぶりして、ねむい感じの発色をしている。周辺部の減光部分は画素等倍近くに拡大して見ると画像そのものが崩れて結像していないのがわかる。この崩れ具合はズマロンのほうがヘクトールより大きい。画面中央部の解像度は、ズマロンが最も高い。画面周辺部の崩れ、中心部の解像度が高いことは、レンズタイプが対称形になっていることに関係するようだ。画面中央部のTVアンテナにはヘクトール同様に色収差の発生が認められる。画面左右の樹木を画素等倍まで拡大して見ると倍率の色収差が発生しているのはヘクトールと同じだ。

【作例写真】<br> <ズミクロンM 28mmF2 ASPH.><br> 絞りF8・AE(1/353.6秒)、ISO AUTO(ISO160)、AWB。<br> [画像をクリックすると大きくして見られます]

<ズミクロンM 28mmF2 ASPH.>絞りF8・AE(1/353.6秒)、ISO AUTO(ISO160)、AWB。[描写特性]全体に色がかりのないクリアな発色をしている。周辺部の減光はほとんど認知できなく、画素等倍近くに拡大して見ても周辺まできれいに結像して画像全体の均質性は最も高い。しかし画面中央部の解像度は、ズミクロンが最も低いが、これはレトロフォーカスタイプの特性だろう。画面中央部のTVアンテナにはヘクトールやズマロンに見られるような色収差の発生はない。画面左右の樹木を画素等倍まで拡大して見ると倍率の色収差が発生しているのは他のレンズと同様だ。

●描写性能ではやはりズミクロンが一番

やはりフィルム時代ならいざ知らず、実写結果では周辺光量の低下では、最新のズミクロンが最もいい描写を示したことになる。今回は、それぞれのレンズをある程度絞って撮影しているが、ズミクロンの場合には絞り開放のF2で撮影してみても口径食はほとんど感じられないほどだし、F5.6に絞って撮影した時にはビグネッティングの影響はほとんどなくなるというライカカメラ社のテクニカルデータどおりに均質性の高い画像が得られた。これはもちろん青空を入れた無限遠という条件だからわかるわけで、室内など撮影条件によっては、周辺光量の低下は気にならない場面もある。ただし、これはレンズそのものの明るさを置いといての話であって、ヘクトールのF6.3からズミクロンのF2まで、3.5段明るくなったわけだし、何にも増して28mmという焦点距離で、F2開放のボケ描写を活かした撮影というのはヘクトールとズマロンでは逆立ちしても得られない描写というわけだ(暗くてもヘクトールの薄型で100gと言う重さも魅力だが)。やはり新しいレンズには、新しいだけの良さが十分にあることを再認識した次第だ。
ここに示した描写特性は、M9との組み合わせで初めて成立するものであって、フィルムカメラやM8ボディではまた別の結果を示すことにもなる。そして何よりも、作品として写真をどの大きさまで引き伸ばして鑑賞するかというのが一番のポイントだと思う。何しろフィルムのときには、基本は六切りか大四切、大きくても全紙程度であったのが、デジタルでは基準が半切相当のA3ノビ、さらにはメートル幅にも伸ばしたものも多く見受けるようになった。画素等倍の描写というのはメートル幅に伸ばしたくらいで初めて効いてくるはずだし、それもプリンターの性能によっても変わってくることは十分に考えられる。
最後に、つまらないチャートのような写真ばかりお見せしたのでは恐縮なので、「群馬県野反湖」での私の28mmレンズによる最新作をお見せしよう。

<結氷する野反湖/2010.5.3><br> ライカM9、ズミクロンM 28mmF2 ASPH.、絞りF5.6・AE(1/1500秒)、ISO AUTO(ISO160)、AWB。<br> [画像をクリックすると大きくして見られます]