ライカに始まりライカに終わる · 連載コラム(市川泰憲)
第四十三回「ライカ新旧タンバール90mmF2.2を使ってみました」
1. 歴史・機構・蘊蓄(エッセイ・解説)
写りすぎるデジタルの時代にあって、一風変わった特殊なレンズが好まれるようになりました。ひとつにクラシックレンズへの人気、さらにクセのある往年の名レンズの復刻などがあります。クラシックではロシアレンズなどは廉価に入手できますが、復刻版ではペッツバールタイプ、メイヤーのトリオプランが人気でしたが、この時期ライカカメラ社は、1935年に発売した「THAMBAR 90mmF2.2」を復刻させたのです。このタンバールは、一般的にはソフトフォーカスレンズとして認識されてきましたが、最近は限られた条件で点光源が変わった球形のボケ模様を発生させることなどから、一部マニアには注目を集めています。もともとオリジナルタンバールは生産本数が少なかったことから、コレクターズアイテムのつねとして、このような注目を浴びることがない時代から、入手には60~120万円ぐらい必要とする高価なものでした。そして今回発売された復刻版タンバールも約80万円するのです。

■新旧のタンバールレンズ

このたび機会があって、タンバールのレンズ新旧を使うチャンスに恵まれましたので、以下にタンバールについて簡単に解説し、それぞれの実写結果を紹介しましょう。
≪写真1≫の左は「復刻版タンバールM90mmF2.2」、右は「オリジナルタンバール90mmF2.2です。復刻版の前にある丸い銀色に見える遮光部の付いたフィルターはソフトフォーカス効果を増大させるためのセンターフィルターで、オリジナルタンバールにも同じフィルターがあります。このフィルターは、中心部に円形の遮光部を配置することにより、わずかに暗くはなりますが、周辺の光線だけを使って撮影するために軟調描写度が増すことになるのです。このためにレンズ鏡筒部には、フィルターなしのF値(開放でF2.2)とフィルターを取り付けたときのF値(開放でF2.3)の2系列が刻まれているのです。なお、それぞれが極端に大きさが違うように見えますが、復刻版はフードなしの状態、オリジナルはフード付きの状態を撮影したからです。
タンバールのレンズ構成は、≪図1≫に示すように3群4枚構成です。同時代のライツのエルマー90mmF4と比べると、同じ焦点距離で3群4枚構成であっても最大口径がF2.2と大きく、レンズデザインと配置がまったく異なっていることです。エルマーはシャープにしっかりと描写させること、タンバールはソフトフォーカスレンズとして軟調描写をねらったわけですから、タンバールが大口径であることも納得いくわけです。一般的にはソフトフォーカスタイプのレンズとしては、単玉レンズを使い、絞り開放で撮ることにより収差を残してソフトフォーカス描写を得ることができますが、逆に絞り込むことによりシャープな画像となるのもよく知られていることです。
タンバールをざっと紹介すると以上のようになりますが、ソフトフォーカスレンズですから、実写による描写を見ることが一番わかりやすいので、さっそく新タンバールのフィルターあり、新タンバールフィルターなし、オリジナルタンバールフィルターなしの撮影結果をお見せしましょう。もちろん撮影にあたっての、被写体、距離、光線状況、どこにピントを合わせたか、さらにどのような拡大率、どのような距離で鑑賞するかによっても軟調描写の印象は、大きく変わりますので、この描写はあくまでも一例であって、絶対的な評価でないことは、いうまでもありません。なお、撮影に用いたボディはライカM9です。
2. 操作方法・メンテナンス・修理のポイント

■新旧タンバールで写してみたら
今回の撮影は、ソフトフォーカスレンズは描写が軟調画面であることから、EVFの結像画面でピントを合わせるよりは、連動距離計で撮影したほうが素早く確実なピント合わせを行えるだろうということで、ライカM9を使い撮影してみました。とはいってもレンジファインダーのピント合わせターゲットは中央部にあるために、縦位置でモデルさんの目に合わせてそのまま撮影すると上部が大きく開いてしまうことになります。この問題はトリミングすれば解決するのです。ところで、全画面を見るとおわかりのように、≪写真2≫に示すように4隅が減光しているのです。これは新旧タンバールに共通した特性でした。

最初はライカM9という機体固有の特性かとも考えましたが、同じシーンで同時に撮影したフルサイズミラーレスのライカSLでも、度合いは異なっても周辺減光は認められましたので、カメラボディに依存すると考えるよりは、レンズの特性によるだろうと考えるのが妥当です。ただしこれは、あくまでもこの2機種間の問題であって、レタッチソフトによりビネッティング補正を施したり、ソニーα7シリーズに見るように機種が変わり撮像素子のタイプが変われば、一気に解決してしまうこともあるわけですし、さらにいうならば、撮影シーンをフラットな背景紙でなく一般的な場所≪写真3≫にしたり、絞りを少し絞り込めば、周辺減光は少なくなるということも確かなことです。
いずれにしても復刻版をどのようにとらえるかは、ライカカメラ社の考えによるわけですが、現代的にあまり修正を加えていないのだろうと思うわけです。

≪作例1≫ 新タンバール・センターフィルターあり:絞り優先AE、絞り開放F2.3・1/200秒、ISO160。確かにフィルターなしよりは軟調度はわずかながら高いことがわかります。露出はF2.2とF2.3では表示の許容差ぐらいであって、Exifのシャッター速度表示としては変わりないことがわかります。なお、作例は、視覚的な効果を考慮し画面上部をカットして掲載しましたが、減光の感じは画面下部には残っています。

≪作例2≫ 新タンバール・センターフィルターなし:絞り優先AE、絞り開放F2.2・1/200秒、ISO160。フィルターありに比べるとシャープさがわずかに増してはいますが、その差は微妙です。どちらが良いというようなことでなく、どちらが好みかということになりますが、僕はこちらのフィルターなしの方が肌の描写の感じと、髪の毛のソフト度のバランスからいうと好みです。ただし、あくまでもモニター画面で全体を拡大した条件でのことであり、もしA2などと大きく伸ばしたときには、鑑賞距離を含めて、好みの描写はまた変わるでしょう。

≪作例3≫ オリジナルタンバール・センターフィルターなし:絞り優先AE、絞り開放F2.2・1/125秒、ISO160。新タンバールに比べると、軟調度が高いように感じる描写となっています。また露出は、1段弱多くかかっていますが、これは70年ほどの経時変化や時代による硝材の違いや、コーティングのあるなしなどによるであろうことは想像に難くありません。そして新旧での軟調度の違いは、ヌケの違いなどによるコントラストの違いからくる視覚的なものとも考えられます。この違いは、ヌケをよくするためにレタッチソフトでレベル補正を行うことなどにより、新タイプと近似な描写が得られるのではと考えます。
■奥深いタンバールの描写

タンバールでの作品というと木村伊兵衛氏によるポートレイトがよく知られていますが、近年では写真工業の『ライカのレンズ』や『カメラレビュー』の児島昭雄氏によるタンバールレンズの解説が最もわかりやすいです。児島氏によると、このセンターフィルターは中央の光束を使っているので、装着した状態でF6.3より絞って撮影すると写らなくなる、センターフィルターを付けるとアウトフォーカス部のボケはドーナツ状になる、センターフィルターなしでF9より絞り込むと一般のレンズと同じようにシャープに写る、というのです。
今回の撮影はライカカメラ社の新タンバールに加え、旧タンバールは知人のライカファン田中啓一さんのものを拝借してというわけで、時間的な制約からこれ以上の検討は行えませんでした。また最近は、柳沢保正さんによるタンバールによる夜景の点光源の球状のボケ模様呈するのがカラーで新鮮だと注目を集めていますが、田中さんはすでにそのような描写が夜景だけでなく、明るい昼間でも発生することを確認しています。
ライカカメラ社によると、新タンバールは日本国内でも輸入したとたんにさばけるなど、売れ行きは好調だそうです。したがってこれから先の描写研究は、じっくりと使える所有者に許されるものだと考えますので、僕のレポートはこれにて終了とします。最後に、最近気になる柳沢保正さんによるタンバールでの夜景写真を≪作例4≫として掲載します。
(2018.01.20)
