ライカに始まりライカに終わる · 連載コラム(市川泰憲)
第三十二回「回折格子レンズ「AF-Sニッコール300mmF4 E PF ED VR」」
1. 歴史・機構・蘊蓄(エッセイ・解説)




「AF-Sニッコール300mmF4 E PF ED VR」【写真1・2】が発売されたのは2015年1月29日のことでした。さっそくと注文を入れたのですが、さっぱりお店に入荷してこないのです。すでに3か月待ちとか噂される中、ニコンは生産が追い付かないという異例のニュースレリーズを流すなど、単なるうわさの範囲ではなかったのです。その後、めでたく入手できたのですが、300mmの単焦点レンズといえば望遠で、しかもPFとなれば高価で特殊に属するので、ニコンとしては生産を増強するにしても、どこまでこの需要が続くのか予想できないから、とりあえずは品薄状態を続け、やがて落ちつくことになるのでしょう。
そこでなぜ人気なのか考えてみました。ニコンによると、従来製品の「AI AF-Sニッコール300mmF4D IF-ED」と比較すると、長さで約75mm、最大径は約1mm短縮し、質量(重さ)で約42%の減、約545g軽量化を実現しているというのです。これは回折格子と通常のガラスレンズを組み合わせることで、回折格子レンズの強力な色消し効果によって、レンズ自体の薄肉化や比重の小さい硝材の使用が可能となり、レンズの軽量化が可能になったというのです。このうち最も大きいのが長さと、それに伴う質量の減少ですが、そこで新旧の外観を比べたのが【写真3】です。
このほか、4.5段分の手ブレ補正効果を発揮する「ノーマルVRモード」に加え、スポーツなど動きの激しい被写体に有効な「スポーツVRモード」【写真4】を搭載していて、幅広い手持ち撮影が可能だというのです。旧タイプレンズには手ブレ補正機構のVRがないので、手ブレ補正を組み込んで最大径1mm増というのは立派なものです。ちなみにAF-Sニッコール300mmF4 E PF ED VRには、三脚座がないのです。つまり手持ち撮影を前提とした望遠レンズだというわけです。ただし、どうしても三脚に取付けて使いたいときには、別売の三脚座RT-1を使うことにもなりますが、実際はボディ側を直接三脚に装着すればよいということになります。これもレンズが小型・軽量であるから可能となるのでしょう。
なお、今回の作例中、VR・ONで三脚使用という場面がいくつかありますが、デジタルの望遠撮影においては、かなり頑丈な三脚に載せてもブレは止まらないという近年の実体験から、特に望遠系では厳密には三脚使用でもVR・ONのほうがよいとだろうと思っていたのです。そこで、複数の実写例でVRのON/OFFを比較検討した結果、三脚使用時でもVR-ONのほうがブレの影響が少ないという効果が確認できたので、途中からVR・ONで積極的に三脚を使おうと決めた結果です。ただし、このような効果を確認したのは今回の300mmF4 PF VRだけで、他のニッコールレンズや他社の手ブレ補正機構付レンズやボディでは検証していませんので、このような撮影法があてはまるかは不明です。

●なぜ、いま回折格子レンズなのか
回折格子技術を利用した一眼レフ用の交換レンズということでは、キヤノンが2001年に「キヤノンEF400mm F4 DO IS USM」を、2004年に「キヤノンEF70-300mmF4-5.6 DO IS USM」をだしていました。そして10年ぶりのリニューアルモデルとして2014年11月に「キヤノンEF400mm F4 DO IS II USM」が発売されたところに、今年2015年1月にニコンから「AF-Sニッコール300mmF4 E PF ED VR」が発売されたのです。どちらも回折格子光学系を応用したのですが、そこでなぜ、この時期にキヤノンもニコンも申し合わせたように回折格子レンズなのかということです。その回折格子とはどのようなものなのでしょうか。ニコン300mmF4 PFの外観から回折格子はどのように見えるのだろうかと光源と角度を変えたところ、うっすらと弧を描いた条線を見ることができ、どうにか写真に写したのが【写真5】です。
ユーザーレベルの勘繰りとしては、パテントの関係かなどとも思い、その方面の識者に聞いてみるとそうではないというのです。そこであれこれ考えた結果が、デジタルカメラとの関連だと思うようになりました。
通常の屈折光学系に対し、回折格子光学系と屈折光学系とを組み合わせたのが両社のレンズですが、そのメリットは、通常いわれている色収差の発生が少なく、小型・軽量というのですが、キヤノンが最初にDOレンズを発売した2001年のタイミングは、翌2002年にフィルムカメラとデジタルカメラの生産が数量・金額とも逆転した時期でもあるのです。
つまり本格的なデジタル一眼レフ時代の登場と相まって回折格子レンズが登場してきたのです。歴史的に見ると、やはりニコンも2004年にはクールピクス8400用に『TC-E3PF Phase Fresnel lens.』という3倍のフロントコンバーターレンズをだしていましたが、やはり登場のタイミングとしてはデジタルの時代到来そのものの時期でした。
2. 操作方法・メンテナンス・修理のポイント
●AF-Sニッコール300mmF4 E PF ED VRを使ったら
さて、実際の撮影結果はどうなのでしょうか、【作例1と作例3~14】までに、実写例を示しました。いつものように英国大使館の正面玄関では画角が狭すぎることから、今回のテストシーンには向かないために省略し、すべて通常の撮影で検討することにしました。じっくりとご覧ください。





【作例5:ハスの花】池の中に咲くハスの花をねらってみました。ハスの花びらはマクロレンズでねらったようなカリカリとした印象はありませんが、柔らかで好感ある描写です。背景左上側のボケが一部横に重なったような感じがしますが、複雑にハスの葉が生えているためだと考えられます。
絞り優先AE(F5.6・1/1600秒)、ISO1250、AWB、ニコンD3s、三脚使用、ノーマルVR-ON。(画像をクリックすると画素等倍で見ることができます)





【作例10:しめ縄と幣束】鳥居から下げられたしめ縄と幣束をねらってみました。背景との輝度比が高いため、若干、硬質な描写の感じがありますが、言葉を変えればそれだけクリアでシャープだということになります。右端の提灯のボケ具合もまずまずです。
絞り優先AE(F5.6・1/2500秒)、ISO1250、AWB、ニコンD3s、手持ち撮影、ノーマルVR-ON。(画像をクリックすると画素等倍で見ることができます)

【作例11:仲良し】3人の若い女性が車から降りて、浴衣姿で歩いてきたので1枚撮影させてもらいました。駐車場の脇での撮影ですが、3人が横に並ぶとなると、ぎりぎり後ろまで下がらなくてはなりませんでした。絞りF4開放のAF撮影ですが、逆光に輝く髪の毛、帯と浴衣の生地の目など細かく描写されています。浴衣がよく似合い、何よりも楽しそうな表情をしてくれたのがうれしいです。
絞り優先AE(F4・1/8000秒)、ISO1250、AWB、ニコンD3s、手持ち撮影、ノーマルVR-ON。(画像をクリックすると画素等倍で見ることができます)


【作例13:バッタ】生けられたアジサイの花とススキの葉に手で組まれたバッタが止まっていましたので撮影させてもらいました。最短撮影距離約1.4m付近で、シャッター速度1/250秒は、手持ち撮影ぎりぎりかと思いましたがVRの効果で余裕でした。むしろAFでバッタにピントを合わせるのに苦労しました。
絞り優先AE(F5.6・1/250秒)、ISO1250、AWB、ニコンD3s、手持ち撮影、ノーマルVR-ON。(画像をクリックすると画素等倍で見ることができます)

【作例14:木の葉】手前はヤナギの木、奥はサクラの木でしょうか。本来この手の、込み入った被写体の描写は苦手とするレンズが多いのですが、撮影距離も良かったのかもしれません。ヤナギの葉が1枚1枚しっかりと解像しているあたりは立派なものです。
絞り優先AE(F5.6・1/6400秒)、ISO1250、AWB、ニコンD3s、手持ち撮影、ノーマルVR-ON。(画像をクリックすると画素等倍で見ることができます)
今回のAF-Sニッコール300mmF4 E PF ED VRの使用にあたっては、ニコンD3sを使いましたが、1200万画素のカメラではどのようなものかなとか、最近のニコンD810やソニーα7R、シグマdpクアトロシリーズなどの高画素タイプの画像を見慣れてしまっているので、解像力的には足りるのかなどとも考えましたが、実際はそうではありませんでした。
撮影した印象としては、もともと「AF-Sニッコール300mmF4 E PF ED VR」はスポーツ写真などに向き、本来は僕のような撮影に使うレンズでないような気もするのですが、僕の撮影守備範囲はこのようなものでして、これから買おうかなという人には、少しでも指針になればと思います。なお基本的に僕の使用記は、使ってみた印象を素直に書いており、機械に対しては最大限愛着をもって接していますので、一般的に回折格子光学系で苦手とされる逆光や点光源などの撮影は、僕の日常の撮影スタイルにはもともとないし、あら捜し的撮影は苦手なのです。



●終わりに
最後に、ニコンもキヤノンも、どちらも回折格子技術を使ったレンズですが、名称としてキヤノンがDO、ニコンがPFと呼んでいます。キヤノンのDOはDiffractive Optics Lens【写真6】の略です。一方、ニコンのPFという名称はPhase Fresnel lens.の略で、2004年のクールピクス8400用のフロントコンバーター【写真7】でもPFという名称を使っていましたが、2007年のニコンのホームページに超精密光学素子の技術解説ではDOE(Diffractive Optical Element)と呼んでいます。
このあたりの名称は業界として統一できないのでしょうか。同じレンズ技術でも、焦点調節の方式には、リアフォーカシング方式、内焦方式、インナー方式、インターナル方式などとあるのですが、クイズ的に試験問題を作るときにはいいですが、ユーザーレベルでは技術内容を理解しようとすると混乱を招きます。
そして、回折格子光学系がメリットばかり見えてくるようになれば、世の中の長玉はすべてそちらへ行ってしまうはずです。
最後に面白いレンズをお見せしましょう。同じように望遠で小型化を目指したミラーレンズです。ミラーレンズは、反射望遠レンズとかカタジオプトリックレンズとも呼ばれますが、【写真8】のペンタックスLXボディに装着されているのは“HANIMEX 300mmF5.6ミラー”で、その右は“HANIMEX 500mmF8ミラー”です。特に300mmF5.6は、ミラーレンズでも絞りがF5.6~16までと可変でき、フィルター径67mmφ、長さ95mm、質量340g。500mmはフィルター系77mmφ、長さ95mm、質量455gというわけですから、どちらもかなり小型であり軽量です。かつて1980年代にミラーレンズ全盛の時代があり、その後AF一眼レフ時代の到来とともに下火になりました。その原因としてはAF化の難しさなどがあるのではないかと思われますが、過去にミノルタではAF対応のα用にミラーレンズ「AFレンズ500mmF8 Reflex」、APSのベクティス用に「V 400mmF8 Reflex」を発売していましたから、AF化技術の問題だけから下火になったとは考えにくいわけです。やはりそこには、ミラーレンズならではの描写特性、大口径化への難しさなどがあったのではないかと思うのです。
いずれにしても望遠レンズの小型・軽量化はユーザーメリット大であり、僕個人としては、キヤノンとニコンからほぼ時を同じにした回折格子レンズが手ブレ補正機構を組み込んで再登場したのは、デジタル時代の写真レンズの新技術ではないだろうかと思うのです。デジタル時代はまだまだやることがあるのだなと、実感した次第です。
(2015.07)
