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ライカに始まりライカに終わる · 連載コラム(市川泰憲)

第二十七回「ズノーとニッコールの50mmF1.8」

コーナー名
ライカに始まりライカに終わる
著者
市川泰憲(写真技術研究家、日本カメラ博物館)
対象機材・テーマ
ズノーとニッコールの50mmF1.8
概要・導入
ズノー(Zunow)といえばキヤノン50mmF0.95と並び戦後日本の誇る大口径レンズの代名詞のようなレンズで、ライカスクリューマウントのタイプ“ズノー50mmF1.1”がよく知られています。ところが今回ここで紹介するのは、一眼レフ用の標準レンズ50mmF1.8なのです。この“ズノー50mmF1.8”は、1958年にズノー光学工業が、製造した一眼レフカメラ「ズノー」に付いていたものです。標準レンズは58mmF1.2とこの標準50mmF1.8レンズの2種でしたが、50mmF1.8は、当時一眼レフ標準レンズの焦点距離は55mm・58mmが主流であったのに対し、距離計連動機と同じ50mmとし、ボディ…

1. 歴史・機構・蘊蓄(エッセイ・解説)

【写真1】ズノー50mmF1.8レンズ付きZunow。唯一完動ボディを持つINOさんから拝借(画像をクリックすると大きくして見ることができます)

ズノー(Zunow)といえばキヤノン50mmF0.95と並び戦後日本の誇る大口径レンズの代名詞のようなレンズで、ライカスクリューマウントのタイプ“ズノー50mmF1.1”がよく知られています。ところが今回ここで紹介するのは、一眼レフ用の標準レンズ50mmF1.8なのです。この“ズノー50mmF1.8”は、1958年にズノー光学工業が、製造した一眼レフカメラ「ズノー」に付いていたものです。標準レンズは58mmF1.2とこの標準50mmF1.8レンズの2種でしたが、50mmF1.8は、当時一眼レフ標準レンズの焦点距離は55mm・58mmが主流であったのに対し、距離計連動機と同じ50mmとし、ボディは、今ではあたりまえとなっている完全自動絞りを初採用。またペンタプリズムの底面に曲率を持たせコンデンサーレンズの機能を加えてペンタプリズム頂部を低くくするなど、先進の技術が搭載された大変意欲的な一眼レフでした【写真1】。その一方でカメラの外観、パッケージ、取扱説明書などのデザインを、GKインダストリアルデザイン研究所という外部デザイン事務所に依頼したのも新しい試みでした。
そのズノーですが、発売とともにさまざまなトラブルに見舞われて、最終的に市場に出回ったのは数が少ないというのです。ところが僕の周りには、不思議とズノーを持っている人が複数いるのです。そのようなあるとき、クラシックレンズ遊び仲間のHさんが「ズノー50mmF1.8」をライカスクリューマウントレンズに改良したから使ってみませんかというのです。Hさんいわく、レンズだけを持っていたけど、ボディがなかったから距離計連動のライカスクリューマウントに改造しというのです。当然、ライカスクリューマウントならアダプターを使えばMマウントになるわけですから、複数のライカスクリューマウントの“ズノー50mmF1.1”を使った身としてはぜひ使わせてほしいとお願いしました。

【写真2】ライカスクリューマウントに改造された「ズノー50mmF1.8」(画像をクリックすると大きくして見ることができます)
【写真3】比較したAiニッコール50mmF1.8と撮影に使ったライカM(画像をクリックすると大きくして見ることができます)

そして手元に届いたズノー50mmF1.8が【写真2】です。どのように使ってみようかとあれこれ考えましたが、まずはフィールドに持ち出して普通に使ってみようとなりました。さっそくライカMに取り付けて使ってみたのですが、どうも面白くないのです。開放絞りで撮影すると甘さを感じ、少し絞り込むとごくごく普通に写るのですが、いまひとつ描写に特徴がないのです。そういえば、やはりライカスクリューマウントに改造したズノー50mmF1.8を所有するOさんは、僕が使う前から「写るけどあまり面白くないですよ」と言い切っていたのです。どうやら僕は、ライカスクリューマウントのズノー50mmF1.1と同じような暴れた描写が得られるのではないだろうかという期待があったようなのです。これはみごとに外れて、Oさんの忠告通りになったのです。
そんなわけで撮影への意欲をなくし、少しばかり中休みをとっていたのですが、あまり長時間放置しておくのもHさんに申し訳ないと思い、それならば同じ焦点距離・開放F値の「Aiニッコール50mmF1.8」と比較してみようとなったのです【写真3】。カメラは同じ性能を持たせるようにと、ズノーに合わせ、ニッコールレンズもマウントアダプターを介してライカMに取り付けて撮影しました。このズノー50mmF1.8とニッコール50mmF1.8は、焦点距離・開放F値が同じであるだけでなく、たぶんどちらも5群6枚構成のガウスタイプであり、仕様的にはかなり似通ったところがあります。実際比較撮影してみると、いくつかのことがわかってきました。比較撮影は、各レンズを同じ被写体で、同じところにピントを合わせ、絞り開放とある程度絞ったりと、複数のシーンで行いました。結果は、どうでしょう。実に単純明快な結果がでました。絞り開放では、圧倒的にニッコールのほうがシャープであり、ズノーは甘いのです。これは、同じ場面で2本を比較しているからわかることです。もし比較しないで見ると、開放絞りはこんなものだと思ってしまうと、差はわからなくなります。

2. 操作方法・メンテナンス・修理のポイント

以下、比較作例をいくつか撮影しましたので、ご覧下さい。

【作例1:ズノー50mmF1.8】絞りF4・1/60秒、ISO200、AWB(画像をクリックすると画素等倍にして見ることができます)
【作例2:ニッコール50mmF1.8】絞りF4・1/60秒、ISO200、AWB(画像をクリックすると画素等倍にして見ることができます)

【作例1:ズノー50mmF1.8】絞りF4・1/60秒、ISO200、AWB
【作例2:ニッコール50mmF1.8】絞りF4・1/60秒、ISO200、AWB
どちらも同じ場所で、モデルさんのポーズも同じで、素早くレンズを交換して、同じアングルから撮影してみましたが、わずかな時間差とアングルの微妙な変化で光のあたり方が変わってしまったようです。結果、露出が少し異なってしまいました。一見すると、ズノーのほうがマゼンタ味が強いような気もしますが、アンダー気味に露出された結果だろうと思うのです。手持ち撮影なので、わずかにブレを感じさせます。やはり三脚で構えてしっかり撮影することが大切だと思った次第です。

【作例3:ズノー50mmF1.8】絞り開放F1.8・1/45秒、-0.7EV補正、ISO200、AWB(画像をクリックすると画素等倍にして見ることができます)
【作例4:ニッコール50mmF1.8】絞り開放F1.8・1/60秒、-0.7EV補正、ISO200、AWB(画像をクリックすると画素等倍にして見ることができます)

【作例3:ズノー50mmF1.8】絞り開放F1.8・1/45秒、-0.7EV補正、ISO200、AWB
【作例4:ニッコール50mmF1.8】絞り開放F1.8・1/60秒、-0.7EV補正、ISO200、AWB
どちらのレンズも最短撮影距離は約45cmなので、三脚を立て、カメラを固定して、絞り開放F1.8で、模造のクリ、カキ、背景にモミジを配して撮影してみました。やはり比較してみて初めていえることなのですが、明らかにニッコールのほうがシャープでその範囲も広いように見えます。この場面どちらも同じ設定で、絞り値をF4にしての比較も行いましたが、深度が深くなりズノーもシャープになるので、ますますその差はわかりにくくなりました。

【作例5:ズノー50mmF1.8】絞り開放F1.8・1/3000秒、-0.3EV補正、ISO200、AWB(画像をクリックすると画素等倍にして見ることができます)
【作例6:ニッコール50mmF1.8】絞り開放F1.8・1/4000秒、-0.3EV補正、ISO200、AWB(画像をクリックすると画素等倍にして見ることができます)

【作例5:ズノー50mmF1.8】絞り開放F1.8・1/3000秒、-0.3EV補正、ISO200、AWB
【作例6:ニッコール50mmF1.8】絞り開放F1.8・1/4000秒、-0.3EV補正、ISO200、AWB
これならば差がでるだろうと、銅像を絞り開放F1.8で撮影し、背後には樹木の葉がアウトフォーカスで入るように設定しました。やはりここで見えてきたことは、ズノーの開放絞り描写は甘く、ニッコールはシャープだということです。背景の樹木のボケのくせ具合から、何か違いをと子細に観察しましたが、やはりほとんど同傾向で、ここから描写の癖を読み取るのもむりなことです。

【作例7:ズノー50mmF1.8】絞りF8・1/250秒、-0.3EV補正、ISO200、AWB(画像をクリックすると画素等倍にして見ることができます)
【作例8:ニッコール50mmF1.8】絞りF8・1/250秒、-0.3EV補正、ISO200、AWB(画像をクリックすると画素等倍にして見ることができます)

【作例7:ズノー50mmF1.8】絞りF8・1/250秒、-0.3EV補正、ISO200、AWB
【作例8:ニッコール50mmF1.8】絞りF8・1/250秒、-0.3EV補正、ISO200、AWB
思い切ってF8まで絞ってみました。みごとズノーもシャープになり、ニッコールとズノーの描写の差はますますわからなくなりました。画素等倍に拡大して、アウトフォーカス部分のボケを見比べてみると多少の強弱などがありますが、みごと同じなのです。

【作例9:ズノー50mmF1.8】絞り開放F1.8・1/750秒、ISO200、AWB(画像をクリックすると画素等倍にして見ることができます)
【作例10:ニッコール50mmF1.8】絞り開放F1.8・1/500秒、ISO200、AWB

【作例9:ズノー50mmF1.8】絞り開放F1.8・1/750秒、ISO200、AWB
【作例10:ニッコール50mmF1.8】絞り開放F1.8・1/500秒、ISO200、AWB
そこでまったく別の状況を作り出して比較したのが作例9と作例10です。フルートを吹くモデルさんの背後に太陽がある状況で、それも絞り開放での撮影となったのです。結果は、どうでしょう。明らかにズノーのほうがフレアが多いのです。これはズノーの登場した1958年ごろと、ニッコールが製造された時代では、約25年近い経時があるのですが、この間レンズ技術で大きな変化がありました。1970年代にほとんどの写真用レンズは各社各様の技術でマルチコーティング化されたのです。当初は、マルチコーティングが施されていることをレンズ名称に組み入れるようなことをした時期もありましたが、1980年代になるとマルチコーティングはあたりまえとなり、ニッコール50mmF1.8にはそのような表記はないのです。だいぶ前置きが長くなりましたが、コーティングの違いがフレアの多少につながったと考えるわけです。また、構造的にはズノーの第1面レンズは鏡胴のかなり奥のほうにあり、ニッコールは薄型指向の設計で第1面はずばり表に出ているのです。つまりズノーのほうは常にフードが被ったような状態で撮影ができるのです。この点からすると、ズノーのほうが有利なのですが、少なくとも逆光の場面では効果がなかったようです。したがってフレア発生の大小は単層とマルチコーティングの差だと判断したわけです。
それだけでは面白くありませんので、何か違いはないだろうかと、画素等倍まで拡大してみたところ、意外なことを見つけることができたのです。まず、逆光に輝くモデルさんの髪の毛、それも合焦したところを見ると、ズノーの描写もかなりシャープなのです。さらによく見るとフルートに刻まれている文字もシャープにしっかりと読めるのです。撮影倍率にもよるのでしょうが、これは意外な結果でした。もちろんニッコールもしっかりと髪の毛とフルートの文字を描写しているのですが、ズノーよりコントラストが高いのです。これも単層コーティングとマルチコーティングの結果からの差だと思うのです。いずれにしても、シャープさがないと思っていたズノーが、意外とシャープな描写を見せたのですから驚きでした。ただ、どちらのレンズもフレアがかった画面の中でも微細な部分がシャープに見えたわけですから、どちらも描写傾向は同じということは、他のシーンと大きな違いはありません。

【作例11:ズノー50mmF1.8】絞り開放F1.8・1/6秒、ISO200、AWB(画像をクリックすると画素等倍にして見ることができます)
【作例12:ズノー50mmF1.8】絞りF5.6・1/500秒、-0.7EV補正、ISO200、AWB(画像をクリックすると画素等倍にして見ることができます)
【作例13:ズノー50mmF1.8】絞りF5.6・1/500秒、ISO200、AWB(画像をクリックすると画素等倍にして見ることができます)
【作例14:ズノー50mmF1.8】絞りF5.6・1/500秒、-1EV補正、ISO200、AWB(画像をクリックすると画素等倍にして見ることができます)
【作例15:ズノー50mmF1.8】絞りF5.6・1/90秒、-1EV補正、ISO200、AWB(画像をクリックすると画素等倍にして見ることができます)
【作例16:ズノー50mmF1.8】これがズノー50mmF1.8の味?。絞り開放F1.8・1/2000秒、ISO200、AWB(画像をクリックすると画素等倍にして見ることができます)

【作例11:ズノー50mmF1.8】絞り開放F1.8・1/6秒、ISO200、AWB。横浜港大桟橋からモデルさんと背景にみなとみらい地区の夜景を望みました。このボケ具合はかなり派手ですが、これは開放絞り値と背景の絵柄とピントを合わせたモデルさんとの距離から生じたものであり、ごく素直な描写です。周辺に行くにしたがってアウトフォーカスした点像の丸が徐々に楕円形になっていきますが、これはレンズそのものが球面で構成されていることから口径食によるものであり、このように作画に積極的に活かすのも面白いです。ちなみにこの時の場面は、モデルさんの顔がどうにか認識できる程度の明るさであって、シャッター速度は遅くなり、どうにかブレてなく鑑賞できるカットをピックアップしました。

【作例12:ズノー50mmF1.8】絞りF5.6・1/500秒、-0.7EV補正、ISO200、AWB。東村山・北山公園菖蒲園。ライカMの画素数は2400万です。この解像度に対し、ズノー50mmF1.8の解像度はどのように作用するのでしょうか。例えば、同じライカマウントレンズをアダプターを介して使える3600万高画素を誇るフルサイズのソニーα7Rを使えばどうなのでしょうか。解像度は、写真というプリントで考えるなら最も解像度の低い部分に足並みがそろいます。当然のこととして、プリントの拡大率にも依存するわけですから、それらが絡み合ってプリント(写真)の画質(解像度)が決まるのです。そして、ズノー50mmF1.8が登場した時代は、主流は黒白写真でした。またプリントも、作品として仕上げるには6切(8×10インチ)か4切ぐらいだったのです。昨今のデジタル高画素時代には、家庭でも半切相当のA3ノビサイズが手軽にプリントできますし、畳1枚近くに伸ばして差が出るようなこともあるわけです。いずれにしてもズノー50mmF1.8が登場した時代には想定外の拡大率だったと考えるわけで、その時代のレンズとしては必要十分な解像度を持っていたのです。

【作例13:ズノー50mmF1.8】絞りF5.6・1/500秒、ISO200、AWB。JR篠ノ井線姥捨駅のスイッチバックで退避している各駅停車の脇を通り抜ける特急を撮影しました。置きピンでしたが、特急最前部の描写も光沢感が出てなかなかです。画面左上の空をご覧いただければおわかりのように、周辺光量の低下は感じさせない立派な描写です。

【作例14:ズノー50mmF1.8】絞りF5.6・1/500秒、-1EV補正、ISO200、AWB。群馬県安中市の碓氷峠にある、わが国最大の煉瓦づくりのめがね橋です。ピントは脚部の煉瓦に合わせてありますが、2400万画素等倍で見ると、シャープさは、いま1つです。すでにほかのシーンでも明らかなようにずば抜けた解像感はありませんが、画面全体の画質の均質性は高く、周辺部を拡大してみても色収差の発生などは感じさせません。

【作例15:ズノー50mmF1.8】絞りF5.6・1/90秒、-1EV補正、ISO200、AWB。山形県酒田の山居倉庫。明治26年(1893)に建てられた米保管倉庫だそうですが、このポジションから見るのが好きです。時々思い出したように訪れるのですが、新緑、紅葉、落葉のタイミングは訪れたことはありますが、残すは雪の時ぐらいになりました。僕にしては珍しく縦位置で撮影しました。どうしてもモニターで見ることが多いので、自然と横位置になるのですが、ここだけは縦位置を避けられませんでした。右端の倉庫の縦線からは、ごくわずかにタル型の歪曲を感じますが、極めて少ないといえます。

●終わりに

作例をご覧いただいてお気づきのように、かなりあちこちへとレンズが旅していることがお判りいただけたと思うのです。それだけ、場所を変え、被写体を変えてみてもレポートに書けるような顕著な画質傾向は見いだせなかったのです。しいて言うならば、絞り開放時の描写に甘さを感じるわけでして、このあたりの描写特性がズノーの生まれた時代を感じさせるのです。ズノー50mmF1.8の最短撮影距離は約45cmです。最初この距離で、白い菖蒲の花を写してみると画面中心がふわっとして白く抜けてしまったのです【作例16】。ズノーのボディと同じレンズを持つINOさんによると、そこがズノー50mmF1.8の味だそうです。そういえば昔は、このような場面はなるべくF8とかF11に絞り込んで撮影するようにというのが一般的なノウハウでしたが、近接撮影に適したマクロレンズが出てくると、F2.8とかF3.5あたりの絞り開放に設定した撮影テクニックが流行ってきて、さらに背景をぼかして主題を浮き立たせるような描写が好まれるようになってきたのです。デジタルの時代になるとF1.2とかF1.4の大口径レンズを絞り開放で撮影するような見せ方も生まれてきました。レンズも技術的な変化に対応して進歩しているのですが、撮影テクニック、さらには表現される描写特性も少なからずその時代の技術進歩に伴って変化していくのだなと理解したわけです。
そしてズノーは、個体数が少ないためにコレクターズアイテムとして人気なわけですが、その希少価値としての人気と、描写特性は異なるわけです。もちろんコレクターズアイテムとして人気のレンズとしては、すでに第二十二回で取り上げたエルネマン社のエルマノックスに固着されていた「エルノスター10cmF2」があるわけですが、こちらは明るい昼間の遠景撮影での結果はフレア満載で見るに堪えられませんでしたが、室内や近接での撮影になると、開放の解像度も高く素晴らしい描写を示すのです。こちらも数が少ないこともありますが、だからといってエルノスター10cmF2で特殊な表現をするというのも難しいことで、古典レンズ遊びは、写すまでのあれやこれやの過程を楽しむものだと改めて思ったわけです。
(2014.12)