ライカに始まりライカに終わる · 連載コラム(市川泰憲)
第二十五回「シグマdp2クアトロ」
1. 歴史・機構・蘊蓄(エッセイ・解説)
シグマdp2クアトロを手にしたときに、いまのカメラ業界にとって必要なのは、"イノベーション"だということを、とある企業のお偉方がいっていたのを思い出しました。イノベーションとは、意識や技術の変革を意味するのですが、dp2クアトロを手にし、操作して撮影後のデータを展開していたら、なぜかそのような言葉が頭に浮かんだのです。その理由は、シグマdp2クアトロには独特なイメージセンサーフォビオンにいままでと異なる新技術が導入されたこと、さらに外観デザインがカメラとしては過去に例のない特異な形状をしているからです。この2つがイノベーションという言葉に合うのではと思ったわけです。


■ユニークな外観
まずdp2クアトロ【写真1】の外観を見てみましょう。いつも外観写真を撮るときには、吊りひもを取り外し、斜め上から撮るように心がけているのですが、このクアトロのボディだけはどの角度からねらってみても、収まりが悪いのです。結局、専用フードと外付け光学ファインダーを装着して、撮影態勢の状態で吊りひもを取り付けたまま、レンズを上に向けて斜め上方から撮影すると納まりよくなるということで、このような写真になったのです。
さらに吊りひも付きのクアトロボディをあれこれいじくり回していて気づいたのは、カメラを吊るしてみると【写真2】おじぎするわけでなく、けっこう安定するのです。実際は、このように手に持ってぶら下げることはないのですから、首から吊下げたり、最近の若い女性がカメラを吊るす時のスタイルとして定着している“たすき掛け”が、ボディラインからしても落ち着くのではないかと思うわけです。


■実質的な解像感があるクアトロセンサー
dp2クアトロに搭載された新型フォビオンのクアトロは、どのようなセンサーなのでしょうか。【図1】は、2014年2月に開催されたCP+2014のときにシグマの山木和人社長が講演したときの、パワーポイント画像の複写ですが、上は従来からのカラーフィルターアレイ(バイヤーフィルター配列など)の付加されたセンサーで、下がフォビオンセンサーとの比較で、大変わかりやすく、【図2】はフォビオンセンサーの分光感度特性です。この図をご覧になっておわかりのように、それぞれの色光部分は完全に分離しているわけでなく、各色光が混じって構成されているのです。したがって、カラーフィルムのようにマルチレイヤーでシビアに分光されているのとは異なるのです。

つまり、フォビオンの3層構造というのは、あくまでも原理を解説するための便宜上の解説文であって、単層のシリコンから、その特性からR.G.B.各色でピクセル情報の多い輝度信号を取り出して、信号処理で最も高画素なSUPER-HIGHモードでは7,680×5,120画素を作り出すというわけです(僕の勝手な理解)。エネルギー配分は【図2】を見ておわかりのように、比感度の分布として、上層・中間層・下層と別れているのですが、実際はそれぞれがオーバーラップして3層を構成しているわけですから、総体としてエネルギー分布は変わってくるので、【図3】に示すような4:1:1構造というような配分を作り出すことによって、Quattroセンサーの約2,900万画素で、カラーフィルターアレイセンサーの3,900万画素相当の画質を作り出せるということのようなのです。将来的にはこの考えをさらに発展させて、データサイズのわりには高画質な画像を作り出せる、処理時間を速くする、消費電力が少なくなる、信号(感度)特性が良くなるなどのことも考えられているようです。
もちろんこの向上部分は、対フォビオンセンサー比であることはいうまでもありません。いずれにしても、高画質はセンサーだけで決まるわけでなく、レンズ性能もありますが、最終的な評価は撮影した後に、プリントしてみてどうかということで決まるわけです。フォビオン・クアトロセンサーはAPS-Cサイズ、dp2クアトロへの搭載レンズ30mmF2.8は、35mm判のレンズに直すと画角的には1.5倍かけた45mm相当の画角となります。なおクアトロ(Quattro)とは、イタリア語で4を意味するそうです。
2. 操作方法・メンテナンス・修理のポイント
■撮影してみたら
まず「dp2クアトロ」の撮影解像度設定は3種類あります。縦横比3:2では、SUPER-HIGHで7,680×5,120ピクセル、HIGHだと5,424×3,616ピクセル、LOWだと2,704×1,808ピクセルとなります。このうちSUPER-HIGHモードはJPEGのみでの撮影が可能で、今回の撮影は、RAWデータも欲しいことと、必要以上に大きなファイルを作ることはないだろうと考え、すべてを中間のHIGHモードのRAW+JPEGで撮影しました。なお、アップされているデータは、撮影時のJPEGのままで、RAWデータは使用していません。


【作例1:ところざわのゆり園】 まずは近景にユリを配して、アウトフォーカスした背景がどのような感じに写るだろうかと試したカットです。AFのターゲットポイントを左にして、ユリの花に合焦させましたが30mmの焦点距離で、絞りF5.6という条件ですが、背景はズバリボケましたが、元の形態はとどめているのがわかります。このカットから、花びらを見るとかなりシャープな描写を示しており、フォビオンならではの緻密な画作りを感じさせます。
【作例2:ゆいこさん】クアトロの画像は硬いという話を聞きます。撮影した画像をまずモニターで開いてみると、作例1のゆりの花は、かなりシャープで、たしかに硬い印象があります。ところが、こちらは人物の肌なので、実際にプリントしたらどうなのだろうと、フロンティアによる銀塩カラーペーパープリントを4WPと6切、さらにはインクジェットプリンターにより同じ程度のA4の光沢プリントを作ってみましたが、どちらのプリントも髪の毛はほどよくシャープで、柔らかな肌の感じもそのままで描出されました。考えてみれば当たり前のことですが、いまさらながら、写真をモニター画像だけで判断してはだめなのだなあと、感じた次第です。このあたりのシャープなモニターの見え方とプリントしたときの感じの違いは、プリンターにより解像度があるところまで低下させられたのか、それともバイアー方式などのデモザイキング処理された記録方式とフォビオンセンサーの独自垂直記録方式と関係あるのかはわかりませんが、特異な見え方です。


【作例3:田中長徳さん】 札幌で長徳さんが喫茶店にいるところをスナップさせていただきました。室内ですから決して明るくはありませんが、感度オートに設定してあり、プログラムAEにしてあったので、自動的に感度アップしてISO400となり、絞り開放F2.8、1/50秒、という露出結果でした。拡大してみると長徳さんの肌も、ひげも描写的には画素等倍にしてみても特に破たんしている感じはありません。過去のフォビオンシリーズよりは高感度特性がよくなったことを実感できます。
【作例4:若者たち】 作例3の高感度適性の良さにつられて、スタジオの写真展と演劇を撮ろうとさらにアップしたISO800にマニュアル設定して、絞り開放F2.8の絞り優先AEで撮影してみました。+1/3EVの露出補正をして、シャッター速度は1/250秒、演劇も実用上動きは止まりますが、動きの速い被写体をコントラスト検出のコンパクトカメラで狙うというのはむりなことでした。やはり、動いている人物を撮影するには位相差検出の一眼レフカメラのほうがいいのだということを改めて知らされました。結局、撮影許可はもらったものの、画角との関係もあり、上演中の撮影は途中で断念し、最後に出演関係者に整列してもらって、記念撮影でその場をつくろいました。
ただ、撮影感度をISO800にしたので、PCモニターで画素等倍にして見たときに、肌に高感度フィルムのような粒々のノイズが浮き出るのです。この粒々は、人によっては黒白フィルムのようで好ましいと考える人もいるかもしれませんが、やはりむりがありますので、dp2クアトロのカラーでの大伸ばしするときの実用的な高感度域はISO400までと考えた方がいいと思う次第です。ただし、この粒々ノイズは、画素等倍にして見たときの話であって、実際A4判にインクジェットでプリントしてみると、ルーペなどで覗かない限り、特に目立つということではありませんでした。知人のTさんは、dp2クアトロを購入直後、デモに参加してISO6400に設定し撮影したところ、横に線が出るノイズが発生したとぼやいていましたが、フォビオンセンサーにそのような高感度を求めるのはむちゃな話です。フィルムの時代から高解像度で高演色性のリバーサルのベルビアやネガのインプレッサは感度が低いところで性能を発揮したのです。その点においては、デジタルもフィルムも同じだということでしょうか。


【作例5:トトロの森】 フォビオンセンサーのカメラは、高解像感から風景写真に向くのではないかというのが僕の考えです。撮影距離からするとほぼ無限遠に位置しているトトロの森の空に近いところの木の葉にピントを合わせ狙ってみました。ここでのポイントは、それぞれの葉がくっつきあうことなく、いかに分離して見えるかが大切で、そのような点からはある程度性能がでているので、分解能が高いことを実感できます。ところが、これは撮影画像データをモニター上で画素等倍ぐらいまで拡大して初めてわかることであり、実際は最終的にどのような大きさにプリントするか、さらには使用するプリンターの解像度そのものによっても、この分解能力の高さもむだになるわけです。とはいっても、モニター上で葉っぱが分離して見えるかどうかは、やはり気になる部分です。また、このような場面で光線の当たり具合にもよりますが、木々の細かい葉全体にシャープが強くかかっているように感じるのも気になります。
【作例6:ラベンダー畑】 こちらも風景写真であるのですが、ピント位置は画面中央部下部に位置するラベンダーの花にあります。したがって、画素等倍まで拡大して背景の山の木々を見ると、それぞれの葉は分離しては見えませんが、ラベンダー畑から背後の山までの間にいる人物を見ると、かなりリアルな感じで形態、動きを見ることができます。ラベンダーの花を手前から奥まで画素等倍で見ていくと、花にとまっているミツバチの姿をも確認できますので、ここまで見えるのは、高画素機ならではのものだと思う次第です。

【作例7:北海道旧道庁】 この場面は、第二十三回目のシリーズに載せた、北海道での「AF-Sニッコール58mmF1.4GとAiノクトニッコール58mmF1.2S」を比較撮影したときの場面ですが、実は同じときに同じ条件で「dp2クアトロ」でも撮影していたのです。この場面からわかることは、旧道庁の左背後のビルを見ると、ビルの壁面の描写がかなり細かく横にスリット状の線が描出されていることです。この差は、なんだろうかということですが、第二十三回目の画像の中でも、よく分解しているのと、ほとんど分解していないのもありました。このときはレンズ間の解像度の違いで表れたわけですが、そのときの画像とdp2クアトロの画像を単純にモニター上で比較すると、dp2クアトロの画像のほうが圧倒的に解像感は高く、これは少なくともニコンDfの1,625万画素センサーとQuattroセンサーとの違いからくるものだと考えられます。もちろんレンズの解像力も大きく左右するわけですが、一眼レフではどのようなレンズを装着するかはユーザーの判断にゆだねられるわけです。
ちなみにニコンDf ボディでAF-Sニッコール58mmF1.4GとAiノクトニッコール58mmF1.2S、AF-Sニッコール50mmF1.8Gで撮影した画像とdp2クアトロの画像をインクジェットで各A3ノビに引伸ばしたところ、左後部ビルの横に入ったスリット模様の描出はそれぞれでわずかに差を判別できるかどうかのレベルに落ち着きました。実質的なモニター上の解像度と、プリントしたときのプリンター自体の解像度によっても仕上がってくるプリントの画質は大きく変わるわけで、このあたりの関係はなかなか難しいことになります。

【作例8:いつもの英国大使館正面玄関】 すっかりおなじみとなった英国大使館の正面玄関前です。カメラを三脚に載せて建物に正対させて、中央屋根の下のエンブレムにピントを合わせて、絞りF5.6で撮影します。感度は、そのカメラの基準感度に設定しますので、dp2クアトロの場合はISO100となります。そうして撮影したのが【作例8】ですが、この方法でいままでさまざまな機種を撮影してきました。描写特性は、カメラの画素数、レンズの解像度に依存するわけですが、光線状態により建物の色調も変わりますし、ときには立体感も変わってきます。また天候に大きく左右されるカメラもありましたが、dp2クアトロは天候への依存度は割と少ない感じです。とはいっても晴天での午前中撮影がベストで、実際写った結果からすると、dp2クアトロの画像は過去に例がないほどのきれいさがあります。少なくともデータ上で見ると、DP2メリルよりひと皮むけた感じがする描写です。何か抽象的な表現で申し訳ないですが、この連載シリーズの中には、DP2メリルや同じ高画素機であるニコンD810やソニーα7Rもまったく同じ条件で撮影されたデータがアップされているので、ぜひ比較してご覧いただきたいのです。dp2クアトロの実力のほどがわかります。

【作例9:いつもの東村山・正福寺】 こちらの撮影もすっかり恒例化してしまいました。この国宝・正福寺地蔵堂の屋根は、「こけら葺」と呼ばれ、約4.5mm厚のサワラ材が規則正しく並んでいるために、過去の例からするとほとんどのカメラでモアレが発生して見えるという特殊な模様で、各機種のモアレの発生度合をチェックするのには最も適したテストチャートなのです。撮影にあたっては、やはりこちらも他のシーンと同じように絞りF5.6に設定し、三脚でしっかりと固定して、“国宝千体地蔵堂”と文字の書かれている直上の屋根のひさしのヘリに合わせていますが、光学的に同距離にある屋根のこけら葺の地がどれだけ分解して見えるか、またこの部分の細かい木目と干渉しあってモアレが屋根の部分にどのようなパターンでどの部分に発生しているかなどを見るのです。そして今回のdp2クアトロの結果ですが、過去に例のないほど屋根の詳細を解像しています。またモアレの発生も目立つほどではありません。同じシーンの他レンズ、他カメラの比較は“第二十一回「光学ローパスフィルターのありとなし」”をご覧ください。意外と他機種とはまったく違う描写傾向をdp2クアトロが示すのには驚きます。

■dp2クアトロは中判カメラ!
ところでこのカメラの大きさですが、このあたりは大きく意見が分かれるところです。もちろん小型・軽量は望むところですが、僕としては、dp2クアトロは高解像感機であり、APS-C判はもともと一眼レフ用のセンサーサイズであったことと、初代DPシリーズからDP2メリルまでのコンパクトなタイプとは別に、dp2クアトロは実質的に中判カメラ的に、しっかりと、ゆっくりと撮影していくのには、存在感ある形としてこれでもいいのではないかとも思うわけです。いずれにしてもデジタルの時代にあって、フィルム時代ように撮像部分の寸法でカメラの大きさが決まっていたのに対し、その逆に高画素という画質から中判的なカメラサイズを決めたのもなるほどと思うわけです。
また今回は、たまたまですが写真仲間と大型プリント制作の勉強会をクアトロのレポートをまとめている時期に開きました。当日は1枚を約850×1100mmにプリントしたのですが、まさにクアトロの出番なのです。1人当たり2枚のプリントが許されたので、さっそくdp2クアトロと前回機種のニコンD810のファイルのうち、定点撮影の英国大使館での撮影ファイルをもちこみプリントしてもらいました【写真3】。結果としては、D810のフルサイズ3,635万画素に対し、dp2のクアトロセンサーはAPS-C判で、HIGHモード5,424×3,616ピクセル、約1,960万画素の撮影です。さらに上位のSUPER HIGHモードではカラーフィルターアレイセンサーの3,900万画素相当の画質を作り出せるということなのですが、HIGHモードの5,424×3,616ピクセルでも、画素数以上のパワー(解像感)あるプリントが得られたのを実感しました。このあたりは、バイアー方式などのデモザイキング処理された方式とフォビオンならではの特性の相違からくるのか、機会あれば専門家のご意見をうかがいたいものです。
(2014.08)
