ライカに始まりライカに終わる · 連載コラム(市川泰憲)
第十二回「4本の新ズマリットレンズ」
1. 歴史・機構・蘊蓄(エッセイ・解説)


ライカレンズの名称は明るさによって分けられており、F2ズミクロン、F1.4ズミルックス、F2.8級のエルマー、F1級のノクチルックスなどが良く知られている。ズマリット名は、かつては少数派であったが、近ごろは今回使ったM用の普及タイプ4本と新しい中判一眼レフの「ライカS2」の交換レンズ名にも冠されたりと、複数本でている。そこでズマリットという名の下に共通するのF2.5と刻まれた開放F値であって、一見すると新しいラインナップのようだが、実際は少し異なる感じだ。というのもM型では、既存のM用交換レンズとは別グループに位置しているし、S2では正にこれからの時代を背負っていく新シリーズという感じである。
ところで僕にとってオリジナルの“ズマリット50mmF1.5”には少しばかり思い出がある。それというのも今から40年ほど前、初めて買ったライカM3の中古についていたのがズマリット50mmF1.5(写真1中央)だったからだ。このレンズは不思議なレンズで、まず手に持つと見た目の寸法よりどっしりと重く、まるで鉛の固まりをつかんだような感じがする。そしてカラーネガで撮影すると、青空が妙に落ちついた色でプリントが仕上がり、さらにモノクロフィルムを詰めて喫煙する知人を絞り開放のアップで撮影したら何か空気が写るような気がした。気がしたというか、そういう写真が撮れるのがお気に入りだった。当時僕は、仕事柄よく会うライカ研究家の中川一夫氏や写真家の柳谷次男氏にいつもライカはイイヨ、イイヨと脳みそにすり込まれていたからでもある。
さて今回取り上げるズマリットM35mmF2.5、M50mmF2.5、M75mmF2.5、M90mmF2.5の4本(写真1)だが、光学的にはすべて球面レンズで構成されているのがまず特徴だ(図1)。近年のライカレンズというと積極的に非球面レンズを採用して、小型化と高性能化を図っているのに対して好対照だ。なぜ球面だけかということだが、基本的には安価にできることだからだ。光学性能として球面レンズがいいか、非球面レンズがいいかということは難しく、たとえばツァイスのレンズは球面主体で、非球面には積極的ではなく、逆にライカレンズは今回のズマリットを除けば、非球面レンズの採用に大変積極的だ。
しかし、ここでは球面がいいか、非球面がいいかという論議は別にして、とりあえず実写中心で、限られたコマ数ではあるが実際に写したデータからどのような描写を示すか見ていただきたい。なお、ズマリットMシリーズが発売されたのは2007年であって、2006年にはデジタルのライカM8が発売されているので、ズマリットにはデジタル情報のやり取りのための6ビットコードが装備されている。僕自身は、発売当初M8とM7で撮影してみたが、M8は画面サイズが18×27mmのAPS-H(1.33×)であり、レンズの全画面を知るには少しものたりなっかた。改めてライカ判フルサイズのM9でしっかりと写して見てみるのも意義あることではないだろうかと思う。
2. 操作方法・メンテナンス・修理のポイント
●Summarit-M 35mmF2.5
いずれのズマリットとも共通したことであるが、従来からあるズミクロンシリーズのF2とズマリットシリーズのF2.5の明るさの違いは、絞り1段にも満たないわけだから、なかなか微妙だ。レンズ構成から見ると前面に凹面を配した4群6枚構成で、レンジファインダー用の交換レンズとして、広角レンズでもきわめて初期のものは対称型を採用していたのもあるが、ある時期からはレトロフォーカス的なデザインを採用したものが多く、このレンズもそのようなことからだろう。
【作例1】絞りF2開放での描写だが、手前右の花にピントを合わせてある。背景のボケはくせもなく自然だ。あえていうならば、木の葉の間からこぼれるボケがビネッティングの影響からか、わずかに三日月形をしているのがわかる。このカットからではないが、さまざまな場面を撮ってみた印象では、35mmという焦点距離の割にはディストーションはきわめて微少ではないだろうかと思う。
【作例2】絞りをF2.5と絞っているので機関車の錆はかりっと描出してはいるが、全体的には柔らかな描写だ。中央背後のアウトフォーカス部のぼけた部分は松の木だが、何かモアッとしている感じがするが、これは針のような松の葉が細かすぎるためにこのように描写されているが、広葉樹が写っている左に目を転じてもらえば、被写体の特異性によるものであることはおわかりいただけるだろう。また、画面右上の青空をご覧いただければおわかりいただけると思うが、周辺光量の落ち込みはまったく感じさせない。
●Summarit-M 50mmF2.5
4群6枚のレンズ構成は、過去のズマロン35mmF3.5や後期型のズミクロンM50mmF2に近い、3枚構成を前後に対称型に配置した6枚構成をとっている。それだけにオーソドックスな描写特性を示すものだと考えられる。
【作例3】50mmレンズをF2開放で、最短撮影距離0.8mで撮影してみた。風に揺れる風鈴の短冊にピントを合わせているが、背景のボケ描写からは、特にくせがあるとは感じられない。撮影条件にもよるだろうが、左端に写っているアウトフォーカスした女性の前後はわずかに口径食の影響を受けた描写特性を示しているが、鑑賞時の拡大率にもよるわけで、不自然なボケ描写ではない。
【作例4】中距離からの撮影である。絞りはF5.6と絞ってあることから、画面全体の描写の均質性はかなり高い。特にディストーションも目につくこともなく、さすが対称型の標準レンズだと思う。
●Summarit-M 75mmF2.5
レンズ構成は4群6枚で、絞り羽根は11枚というからかなりの円形絞りだ。最短撮影距離は0.9mであって、同じ75mmのアポ・ズミクロン75mmF2 ASPH.が0.7mであるのに対し違いを見せているが、このあたりが普及価格品としての仕様の違いなのだろうか。現行のMシステム用交換レンズでは、このズマリットM75mmF2.5とアポ・ズミクロン75mmF2しかラインナップされていないが、かつてのように75mmF1.4のズミルックスは登場するのだろうか。
【作例5】商家の屋瓦根を近接で絞り開放F2.5で狙ってみたが、背後のボケはクセもなく、好感のもてる描写だ。75mmというと本来はポートレート用のレンズなのかも知れないが、ボケの特性を読みとるにはこんな感じのショットもいいかも知れない。
【作例6】絞りF2.5開放、中距離でお寺の本堂を撮影してみた。レンジファインダーではボケ具合などはわからないが、被写体、撮影距離などからして、前ボケのわかるカットとなった。作例5の後ボケと同様に、前ボケも特にクセを感じるわけでなくきわめて中庸な描写を示している。もちろんボケ味だけでなく、ピントのあった部分の描写は柔らかさのなかにもシャープさを感じさせるものだ。
●Summarit-M 90mmF2.5
ライカM交換レンズのなかには、焦点距離90mmとしては、アポ・ズミクロン90mmF2
ASPH.とマクロ・エルマーM90mmF4があるが、最短撮影距離はズマリットが1m、ズミクロンが1m、マクロ・エルマーがマクロアダプターを付けないで0.77mまでというから、ズマリットのスペックは必要十分なものを感じさせる。90mmという焦点距離は、ライカの交換レンズのなかでもバリエーションの多いレンズで、エルマー90mmF4、エルマリート90mmF2.8、テレ・エルマリート90mmF2.8、ズミクロン90mmF2などとさまざまだ。僕自身は、先程のM3+ズマリット50mmF1.5の後にライカ純正の交換レンズとして求めたのがズミクロン90mmF2で、ライカ用の90mmには深い思いがあった。というのも当時、この90mmF2は大きく重く、三脚座まで付いたヘビーなもので、何よりもズマリット50mmF1.5とはカラーの発色特性がまったく違うのには閉口した。そんなわけで、その後テレ・エルマリート90mmF2.8も購入したが、ズミクロンが太く重いのに対し、テレ・エルマリートは細くコンパクトで重宝して使えた。そんなわけで、ズマリットM90mmF2.5は、太さ重さとも、口径に順ずるわけだろうか、太さ重さともズミクロンとテレ・エルマリートの中間に位置する感じだ。
【作例7】夜間の照明のなかF2.5の絞り開放で激しく動き回る御陣乗太鼓の演舞を撮影した。90mmという焦点距離はファインダーを覗いても仔細がわかるわけではないが、中央の太鼓と演者にスポット的にライティングされているためにうまい具合に絞り優先AEで撮影できている。デジタルならではの高感度撮影の成果であると思う。
【作例8】絞りF2.5開放の状態での中距離の描写だ。空の部分の端を見るとわずかに周辺光量が低下しているような感じを見受けるが、その影響はわずかであってほとんど無視できる状態にあると思う。また、同様に背後のアウトフォーカス部分は特にくせがあるわけではなく、均質性のあるきれいなボケ具合を示している。木々の葉の間から覗ける空の部分を画素等倍近くに拡大したときに倍率の色収差の発生をわずかに感じるが、被写体状況にもよるし、ボディ側の絵処理によっても異なる部分であるためにレンズの性質だと言い切るには難しい。
●焦点距離の違いによる画角変化
ズマリットM4本の焦点距離と画角の変化を書き出してみると、35mm(63°)-50mm(47°)-75mm(32°)-90mm(27°)となる。この関係は数値としてはわかりやすいが、実際の写真ではどうなるのだろうかということでほぼ無限遠ので風景を撮影したのが【作例9】【作例10】【作例11】【作例12】である。三脚に固定してではなく、被写体の砂州と小島が中央にくるように手持ちで撮影。露出は各レンズとも補正なしで撮影したが、夕方5時半頃の斜光線であることから、発色も力強く、立体感ある描写が得られている。撮影条件によってはこのようにダイナミックな描写ができるわけで、ここが写真の難しいというか、楽しいところであり、カメラやレンズ、さらには露出だけでは語れない部分だ。
この写真からおわかりいただけるように、視覚的には広角・標準の35mmと50mm、準望遠の75mmと90mmというように大きく2分することができる。もしこの4本の中から好きなのを選ぶとしたら、35mmと50mmの中から1本、75mmと90mmの中から1本というような選び方が賢明だと思う。一眼レフならズームレンズわずか1本の範囲だが、レンジファインダーならではの悩みどころだ。ついでに申し添えるなら、最初のレンズの外観写真をもう一度見て欲しい。35mmと50mm、75mmと90mmというように鏡胴は部品として共通化されているのだ、この結果それぞれのレンズフードも共通化されていて、もし4本まとめて購入しても、フードは2つでいいことになる。
【作例10】ズマリットM50mmF2.5、
絞り優先AE(F5.6・1/250秒)、
ISO160、AWB、ライカM9
(香川・小豆島にて)
【作例12】ズマリットM90mmF2.5、
絞り優先AE(F5.6・1/125秒)、
ISO160、AWB、ライカM9
(香川・小豆島にて)
●新ズマリットMの描写の感じ
ズマリットMレンズ4本の描写特性は以上のようになるが、最初に紹介したように、このレンズはすべて球面のレンズで構成されているということだが、描写は必要以上にかりかりとした感じはなく、シャープさのなかに柔らかさのある感じである。昨今の非球面を採用したライカMレンズとは、ひと味違う描写特性をもつ印象だ。その描写の感じは、少ない作例でもおわかりいただけたと思うが、さまざまな撮影条件によっても大きく変わるものであって、絶対的な評価にはならないことを、最後にお断りしておく。
